片付けは、捨てることだけではない③
片付けを考えるとき、本とノートは少し特別です。
服や日用品なら、「使っているか」「使っていないか」で判断しやすい。
けれど、本やノートはそう簡単に分けられません。
今すぐ使っていなくても、あとで必要になることがあります。
一度読んだ本でも、線を引いた場所に戻りたくなることがあります。
ノートも同じです。
「あの大事なことを書いたノートは、どこだったか」
これは本当にあります。
本とノートの片付けは、単なる収納の問題ではありません。
知識をどう残し、どう探し、どう自分の考えに変えるかという問題です。
1 これは古い話ではない
デジタル化によって、むしろ研究されるようになった
紙で読むか、画面で読むか。
手で書くか、キーボードで打つか。
本棚に残すか、データで保存するか。
こうした問題は、懐古趣味ではありません。
むしろ2000年代以降、デジタル環境が広がったことで、改めて研究されるようになったテーマです。
2005年には、デジタル環境での読書は、ブラウジング、スキャン、キーワード探し、非線形読みになりやすいことが指摘されました。
つまり画面で読むとき、人はじっくり読むというより、探す読み方になりやすいのです。
2010年代には、紙と画面の読解差、検索と記憶、手書きノートとタイピングの違いが研究されるようになりました。
2020年代に入ると、単純に「紙がよい」「デジタルが悪い」という話ではなくなっています。
何を読むのか。
何のために読むのか。
探したいのか。
覚えたいのか。
考えたいのか。
目的によって、道具を使い分けることが大切だと見られるようになっています。
2 処理水準理論 クレイク/ロックハート(1972年・イギリス/カナダ)
処理水準理論では、記憶はただ繰り返すだけでなく、どれだけ深く意味づけたかに左右されると考えます。
ただ読む。
線を引く。
要約する。
自分の言葉にする。
他の知識とつなげる。
この中で、記憶に残りやすいのは、意味を考えたものです。
だから、覚えたいことは、ただ目で追うだけでは弱い。
書く、まとめる、問いを立てることで、知識は自分の中に入りやすくなります。
本に線を引くことも、ノートに書くことも、ただの作業ではありません。
情報を自分の考えに変えるための行為です。
3 手書きノート効果 ミューラー/オッペンハイマー(2014年・アメリカ)
ミューラーとオッペンハイマーの研究は、「ペンはキーボードよりも強し」という題名で知られています。
パソコンでノートを取ると、速く打てるぶん、話された内容をそのまま写しやすくなります。
一方、手書きは遅いので、すべては書けません。
そのため、何を書くかを選ぶ。
短くまとめる。
自分の言葉に置き換える。
この作業が入ります。
つまり、手で書くことは、ただの記録ではありません。
考える作業です。
ただし、「手書きなら必ずよい」と言い切る必要はありません。後の追試研究では、手書きの優位がはっきり出ない場合もあります。
大切なのは、道具そのものではなく、使い方です。
丸写しなら、手書きでも浅くなります。
考えながら要約するなら、デジタルでも学びになります。
それでも、覚えたいこと、深く考えたいことには、紙とペンが向いている場面があります。
手で書くと、選ぶ、まとめる、言い換えるという作業が入りやすいからです。
4 スクリーン劣位効果 デルガドらのメタ分析(2018年・スペインほか)
紙で読むか、画面で読むか。
この違いも、学習では大切です。
2018年のメタ分析では、2000年から2017年までの研究を対象に、紙とデジタルでの読解理解が比較されました。
その結果、特に説明文や情報文では、紙で読むほうが理解に有利に働く傾向が示されました。
画面は便利です。
検索できる。
拡大できる。
持ち運べる。
大量に保存できる。
けれど、画面には別の入口もあります。
通知。
別タブ。
検索。
リンク。
スクロール。
つい開く別のページ。
深く読むには、便利さが邪魔になることもあります。
だから、画面で探し、紙で読む。
デジタルで保管し、紙で考える。
この使い分けが必要になります。
5 Google効果 スパロウ/リウ/ウェグナー(2011年・アメリカ)
Google効果とは、情報があとで検索できると思うと、人は内容そのものより「どこにあるか」を覚えやすくなる、という考え方です。
これは悪いことばかりではありません。
すべてを暗記する必要はありません。
探せる仕組みがあることは、現代の大きな力です。
ただし、保存しただけで安心すると、自分の中には残りません。
PDFに入れた。
スクリーンショットを撮った。
ブックマークした。
あとで読むに入れた。
これだけでは、知識になりにくい。
デジタルは保存に強い。
けれど、保存と理解は別です。
6 拡張された心 クラーク/チャーマーズ(1998年・イギリス/オーストラリア)
「拡張された心」という考え方では、ノートや道具も思考を助ける外部装置として考えます。
ノートは、ただの紙ではありません。
本棚も、ただの収納ではありません。
線を引いた本も、ただの古本ではありません。
それらは、自分の外側に置いた思考の棚です。
だからこそ、全部捨てればよいとは言えません。
ただし、増えすぎれば探せなくなります。
ここに、本とノートの難しさがあります。
残したい。
でも、迷子になる。
考えるために持ちたい。
でも、探せなければ使えない。
7 紙で考え、デジタルで探す
本とノートは、残し方に工夫が必要です。
大事な本は、紙で持つ。
軽く読むものは、デジタルでよい。
覚えたいことは、手で書く。
探したい情報は、デジタルに助けてもらう。
ノートは、最初のページに目次を作る。
日付とテーマを書く。
大事なページだけ写真に撮る。
写真には、あとで探せる名前をつける。
全部をデジタル化しなくてもよいと思います。
全部を紙で抱え込む必要もありません。
紙は考える場所。
デジタルは探す場所。
この分け方をすると、本とノートは片付けやすくなります。
まとめ
本とノートは、普通の物とは少し違います。
それは、知識を置く場所であり、考えを育てる場所だからです。
だから、何でも捨てる必要はありません。
何でも残す必要もありません。
深く読む本は、紙で持つ。
検索したい情報は、デジタルに置く。
覚えたいことは、手で書く。
探したいものは、仕組みを作る。
片付けは、物を減らすことだけではありません。
知識を使える形に整えることでもあります。
紙は考える場所。
デジタルは探す場所。
本とノートの片付けは、この役割分担から始めるとよいのだと思います。


