ふと、ある言葉を思い出すことがあります。
20年後、あなたはやったことよりも、やらなかったことへの落胆のほうが大きいだろう。
だから、安全な港につないでいた縄をほどき、貿易風に帆を広げて、航海に出なさい。
いわゆる「マーク・トウェインの名言」として広く出回っていますが、
- 彼の著作や講演録にはっきりと掲載されているものではなく、
- 20世紀後半から急に広まった「Attributed(帰属されている)」ものです。
英語圏でも “Quote attributed to Mark Twain, but no original source found.” という扱いで、
「彼が本当に言ったかは不明だが、彼の精神に通じるものとして親しまれている」
そういうポジションの言葉です。
アメリカの作家、マーク・トウェインが遺したとされるこの言葉。
どこかで耳にされたことがある方もいらっしゃるかもしれません。
でも、私が特に好きなのは、「安全な港につないだ縄をほどいて」という一節。
何か大きなことを成し遂げろ、と無理に励ましてくるのではなく、
ただ、今、自分がどこに立っているかを静かに問いかけてくるように感じるからです。
なぜ、マーク・トウェインはこのような言葉を残したのでしょう。
彼は1835年、アメリカ・ミズーリ州に生まれました。
アメリカ開拓時代、川を行き交う蒸気船や船乗りたちを眺めて育った少年時代。
若くして印刷工、そしてミシシッピ川の蒸気船の水先案内人になり、実際に川の流れを読み、風を感じ、船を操った経験を持つ人でもあります。
マーク・トウェインとは実はペンネームで、川の水深を示す「Mark Twain(二尋=約3.6メートル)」という船乗りの言葉から取られたもの。
「マーク・トウェイン」という名前そのものが、彼の人生が「航海」や「探検」と無縁でなかったことを物語っています。
その後、彼は記者、講演家、そして作家となり、『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』といった物語を書き残しました。
どれも、子どもたちが町を飛び出し、危険も喜びもまるごと味わいながら冒険をしていく話です。
「無鉄砲な子どもたちの話」と笑われることもありますが、
もしかするとそれは、大人になった私たちにこそ必要な「忘れかけていた大切な感覚」を思い出させるためだったのかもしれません。
私たちはつい、安全な場所に身を置いてしまいがちです。
そこにいるだけで、いつの間にか「動いているつもり」になってしまう。
だけど、船は港につながれているために作られたわけではありません。
かといって、すぐにどこか遠くへ向かわなくてもいい。
大きな冒険なんてしなくてもいい。
ただ、自分がいつの間にか「つないでいた縄」に気づくこと。
そして、それをそっとほどいて、風を感じてみること。
マーク・トウェインが遺した言葉は、
「やらないことへの後悔」だけを言っているのではないと、私は思うのです。
たまには自分に問いかけてみる。
今、自分は本当に、舟を出しているだろうか。
本当は、もう少し帆を広げてもいいのではないか、と。
これは、誰かへのメッセージというより、
そんな問いかけを、今日の自分自身に投げかけてみたくなった、
そんな小さな独り言です。
マーク・トウェインの作品
■ 『トム・ソーヤーの冒険』
川辺の町を舞台に、少年トムが繰り広げる、ちょっと危なっかしくて、でもどこか懐かしい冒険の物語。
■ 『ハックルベリー・フィンの冒険』
奴隷制度や人種の壁を背景に、少年ハックと逃亡奴隷ジムがいかだで川を下る旅。笑いながらも、静かに考えさせられる一冊です。
川の流れ、船、風、旅、探検、自由。
そんな世界に、どこか心惹かれてしまうのは、私だけではないかもしれません。