春の七草が「若さと再生」を象徴するのに対し、
秋の七草は「成熟と静けさ」を教えてくれる草たちです。
華やかに咲き誇るのではなく、穏やかに香り、淡く色づく。
その控えめな美しさに、日本人は“もののあはれ”を見いだしてきました。
📜 秋の七草の由来
「秋の七草」という言葉が最初に登場するのは、奈良時代の歌人・山上憶良(やまのうえのおくら)による『万葉集』の一首とされています。
秋の野に 咲きたる花を 指(および)折り
かき数ふれば 七種(ななくさ)の花
— 山上憶良 『万葉集』巻八
憶良はさらに次のように詠み、それぞれの草の名を示しています。
「萩の花・尾花・葛花・撫子の花・女郎花・藤袴・朝貌の花」
この「朝貌(あさがお)」が後に「桔梗」と解釈され、現在の七草となりました。
ただし地方によっては、朝顔やヒルガオを指す場合もあり、時代や地域で諸説があります。
🌾 七草の和歌と薬効
以下は、それぞれの草にまつわる代表的な和歌と、古来の薬効をまとめました。
どの草も、外見の可憐さだけでなく、実際に体を整える力を秘めています。
| 名称 | 和歌・由来 | 学名 | 主な薬効 | 象徴・意味合い |
|---|---|---|---|---|
| 萩(はぎ) | 「秋萩の 咲きにけらしな あしひきの 山の木の間の 風の通へば」 — 万葉集 | Lespedeza bicolor | 利尿・むくみ・腎を整える。 | 別れと再会。秋の訪れを告げる草。 |
| 尾花(おばな/ススキ) | 「秋風に 尾花が上を 払ふなり」 — 『古今和歌集』より | Miscanthus sinensis | 解熱・止血・利尿。 | 生命力・実りの象徴。神事にも用いられる。 |
| 葛(くず) | 「葛の花 踏みしだかれて 色あたらし」 — 西行 | Pueraria lobata | 発汗・解熱・肩こり・風邪初期。葛根湯の主薬。 | 地中に力を秘める再生の草。 |
| 撫子 (なでしこ) | 「秋風に なでしこ咲ける 野辺見れば 心尽くしの 花ぞ咲きける」 — 古今和歌集 | Dianthus superbus | 健胃・利尿・尿路の清浄(瞿麦)。 | 思いやり・慈しみ・可憐さ。 |
| 女郎花 (おみなえし) | 「をみなへし 咲ける棚田の 秋風に 稲穂とともに 揺らぐをぞ見る」 — 江戸期の歌 | Patrinia scabiosifolia | 消炎・解毒・鎮痛。打撲や腫れに外用。 | 謙虚さ・柔らかな強さ。 |
| 藤袴 (ふじばかま) | 「藤袴 香ににほふらむ 袖ふれて 昔の人を 思ひ出づらむ」 — 古今和歌集 | Eupatorium japonicum※注 | 利尿・発汗・整腸 淡紅紫の小花、乾くと甘い香りが心を穏やかに。 | 想い・別れ・記憶 |
| 桔梗 (ききょう) | 「朝顔の 花の白露 置くごとに 心の色の うつろふをぞ思ふ」 — 古今和歌集(朝顔を桔梗に比定) | Platycodon grandiflorus | 去痰・鎮咳。喉や肺を整える。 | 誠実・変わらぬ心。 |
※注 秋の七草の藤袴は E. japonicum(日本原産)を指すと考えられる。中医学で用いられる薬草「佩蘭(はいらん/ペイラン)」=E. fortunei は、日本のフジバカマと近縁だが別種である。
佩蘭は芳香があり、健胃・発汗・利湿・整腸などの薬効をもつ(『神農本草経』に記載)。
🍁 結びに
秋の七草は、見るための花であり、整えるための草でもあります。
それぞれの草が、季節の変化に合わせて、心と体を静かに整えてくれる存在。
春が「始まりの呼吸」なら、秋は「終わりの調和」。
自然のうつろいに身を委ねるとき、私たちの内側にも静かな成熟が訪れます。



