最近、古代日本史に興味が出てきました。 ああ、自分はこの時代、専門じゃないしこのようなことに関わっている場合じゃない😂と思えば思うほど、おかしいと思えてくる不思議。
きっかけは『魏志倭人伝』にだけ出てくる「卑弥呼(ヒミコ)」という名前の「卑」という漢字です。 「卑しい」「下品」という意味の字を、中国側が倭国を蛮夷扱いして当てたのではないか……? そんな素朴な疑問が頭から離れません。
この疑問は、江戸時代の大御所たちもすでに強く指摘していました。
- 新井白石(1657-1725)は、『古史通或問』(1716年頃)の中で、「卑弥呼」を「日御子(ひみこ)」と読み、太陽神に仕える尊い巫女・御子の意味だと解釈。中国側の当て字に疑問を呈し、侮蔑的な「卑」の字を使うのはおかしいと主張していました。
- 本居宣長(1730-1801)は、『馭戎慨言』(1778年)で、中国史書の信頼性に疑念を挟み、「卑」「邪」「倭」などの漢字は異民族を貶めるためにわざと使われた侮蔑的な当て字だと批判的に指摘しています。
そんな18世紀初頭の大学者たちが投げかけた疑問を、今読んでいると、なぜかとても心に響きます。 実は私、現在、18世紀初頭のピョートル大帝をテーマにした論文を3月末までに仕上げなければならない状況にいます。 外国の同時代の古文書や学者の見解を比較しながら調べていると、歴史の呼び名や表記が一度定着してしまうと、なかなか変わらない現実を改めて実感します。 新井白石・本居宣長の時代と私の専門としている時代が重なるという奇遇も相まって、妙に感慨深いです。
そんな疑問を基本抱きながら過ごしていたところ、以下の本をご示唆いただくことがありましたので早速発注しました。
『少女神 ヤタガラスの娘』(みシまる 湟耳 著 / 幻冬舎メディアコンサルティング)
卑弥呼や邪馬台国の表記・解釈について、どのような視点が書かれているのか興味があります。 到着したら、まずは漢字の扱われ方や歴史の定着について読んでみたいと思っています。
この本には歴史作家の関裕二さんが推薦文を寄せています。 関裕二さんは古代史のベストセラーを多数出している人気作家ですから期待できますし、推薦があると、読む意欲がさらに高まってきます。
これから本を読んで、卑弥呼・邪馬台国の呼び名がなぜ今も変わらず使われ続けているのか、少しでもヒントが得られればいいなと思っています。 到着が楽しみです!
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