夢と象徴Vol.23「それは誰のためのだるまだったのか」― 物語を動かさない立場で見た初夢 ― 

夢と象徴
東西交流フォーラム

初夢について ― いつ見た夢が「初夢」なのか

初夢については諸説あります。
大晦日から元日にかけて見る夢、元日の夜の夢、あるいは「その年に最初に強く印象に残った夢」。共通して言えるのは、縁起がいい・悪いではなく、「最初に心に残った夢」が初夢だという考え方です。

良い夢でなければいけない、という決まりはありません。
むしろ、年のはじまりに現れる夢は、その年の自分の立ち位置や心の状態を静かに示すもの。
そんなふうに受け取ると、すっと腑に落ちます。

今日は1月2日朝。忘れないうちに、私自身が今朝見た夢を記しておきます。
(私見は入れず、AIに分析してもらいました。)

私の初夢(記録)

亡き父が、生前の元気な姿で現れました。
父は、乾いた音のする古い透明な袋に入った、大きなだるまを持っていました。

そのだるまは、一般的な丸いだるまではなく、
1メートル以上ある、細身で背の高い赤いだるま
目は大きく、すでに両目が入っていました

私は距離を置いてそれを見ていました。
「誰のものなのだろう」「どこにあったのだろう」
そう考えながら、目の入り方や形、大きさをただ観察していました。
夢の中で判断したり、意味づけをしたりすることはありませんでした。

その前後で、母も現れました。
母は年を取った姿で、「私はこんなに年を取ったけれど、あなたはまだ若くてきれいね」と言い、
父は横で微笑んでいました。

私はその場面も、当事者としてではなく、物語を動かさない立場で、静かに見ている存在でした。

AIによる夢の分析(要約)

この夢の特徴は、

  • 父母が現れていること
  • だるまが「完成した状態(両目入り)」であること
  • 夢主が評価せず、介入せず、観察していること

だるまは「努力」や「願掛け」ではなく、すでに一区切りついたもの・成し終えた象徴として現れています。

父が持っていることから、これは「誰かを励ますためのもの」ではなく、父自身の歩み・人生の区切りを示す象徴と読むのが自然です。

夢主が何も背負わず、判断もせず、ただ見ている点は、「引き継ぐ役割」や「続きを担う立場」から、すでに自由であることを示しています。

この夢は、見守りの位置に立っていることの確認 そして、役割を終えたものを、静かに見送る夢です。

これは「始めなさい」という夢ではありません。
また「頑張れ」という夢でもありません。

終わったものを、きちんと終わった姿として見る夢。
その場に立ち会い、確認し、静かに前へ進むための初夢です。

まとめ

昨年、父は十三回忌を終えています。
そう考えると、この夢にあった静けさにも、自然と納得がいきました。

夢は、ときに何かを始めるためではなく、終わったことを、終わったまま受け取るために現れることがあります。

良い・悪い、縁起がいい・悪いではなく、「なぜ今、この夢を見たのか」その問いそのものが、夢からの贈りものなのかもしれません。

はっきりした意味が分からなくても、
説明できなくても構いません。

心に残った夢があれば、それはきっと、その年を生きるヒントを
静かに含んでいるはずです。

みなさんは、今年どんな初夢を見ましたか?
ご連絡をお待ちしております。

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