私の大好きな聖徳太子が教科書から消えかけた? ~2017年学習指導要領改訂論争を深掘りしてみた

日本文化
東西交流フォーラム

最近、読者さんから「聖徳太子も教科書から消えているらしい」というメッセージをいただきました。2017年の話ですが、2026年現在も一部で話題になるほど印象的だったようです。
私は聖徳太子が大好きなので「えっ、そんなことに!?」と驚き、専門外ながらも気になって調べてみました。
ここでは賛否両論をできる限り公平にまとめ、自分の意見を最後に述べたいと思います。

2017年学習指導要領改定案の概要

文科省は2017年2月、小学校社会で「聖徳太子(厩戸王)」、中学校歴史で「厩戸王(聖徳太子)」への表記変更を提案しました。
目的は「死後の諡号ではなく、生前の実際の呼称を優先し、史料に忠実にする」ことでした。

パブリックコメントの結果

総件数約11,210件のうち、聖徳太子表記変更への反対意見が数千件規模で殺到しました。
主な理由は「厩戸王の漢字が難しく覚えにくい」「子供が混乱する」「伝統と功績を軽視する」「少数説を教育に反映すべきでない」でした。
結果、2017年3月31日告示で「聖徳太子」表記に統一されました(中学校では注記追加)。

推進派の主張(変更を提案した側の根拠)

大山誠一氏(中部大学名誉教授)が1999年の著書『〈聖徳太子〉の誕生』で提唱した虚構説が大きな影響を与えました。

  • 厩戸王という人物は実在した可能性が高いが、政治的役割は限定的で「マイナーな王族レベル」(斑鳩宮・法隆寺の建立くらい)の有力王族だった。
  • しかし「聖徳太子」としての聖人像と主要事績(十七条憲法全文、冠位十二階の主導、三経義疏執筆など)は、8世紀(日本書紀編纂時)の政治的創作・理想化
  • 根拠:日本書紀は死後約100年後に成立、隋書に推古天皇・厩戸王の名前が明確に出ない、十七条憲法の内容が推古朝当時の文化水準では高度すぎる、など

森博達氏(言語学者)も十七条憲法の漢文表現が推古朝では不可能なレベルだと分析し、編纂時創作の可能性を強く示唆しました。

反対派の主な声

田中英道氏(東北大学名誉教授・美術史専門)
著書『聖徳太子虚構説を排す』(2004年)で大山説を最も詳細に批判。

  • 法隆寺金堂壁画、薬師像・釈迦三尊像、建築様式、銘文から厩戸王の実在と仏教保護の功績が裏付けられる
  • 大山説は仮定の積み重ねが多く、実証性が弱い
  • 十七条憲法は完全創作ではなく、推古朝の政治・倫理的基盤として重要な意義がある

遠山美都男氏(古代史学者)
大山説が厩戸皇子を「政治的発言権のないマイナー王族」と過小評価する点を強く批判。斑鳩宮支配と法隆寺建立の痕跡から、実在の有力王族で一定の政治的役割(蘇我氏との協調、仏教推進など)があったはずだと指摘。

山田宏氏(当時・自民党参議院議員)
文科省調査官が恣意的に大山説を反映させた仕組みを問題視し、国会で「聖徳太子は日本の誇りの源泉」と指摘。

櫻井よしこ氏(ジャーナリスト)
「なぜ日本史から聖徳太子を消すのか」「これは英雄像の抹殺だ」と強く批判。

「厩戸」の漢字の意味と意図

「厩」=馬小屋、「戸」=戸口 → 「馬小屋の戸」
『日本書紀』の出生伝説から来ている。死後の美称「聖徳太子」を剥ぎ取り、生前の呼称に戻す意図でした。

私の意見

私は聖徳太子が大好きです。十七条憲法の「和を以て貴しと為す」の精神や、冠位十二階・遣隋使を通じた国家形成への貢献は、日本史にとってとても重要な意味を持っていると思います。
特に、一度に何人もの話を聞き分けて端的に答えたっていう伝説は衝撃的で、子供の頃に密かに練習したりして憧れてたのが懐かしい😂。

私がこのブログを書く中で一番気になったのは、GHQによる占領期の焚書・検閲の問題です。
GHQは1945~1952年に約7,000~8,000冊の書籍を検閲・焚書しており、聖徳太子を皇国史観的に美化した戦前の著作も含まれていた可能性が高いのです。

反対派(田中英道氏ら)はこのGHQ焚書や戦後史観の影響を積極的に調べ・批判しています。しかしながら、一方で、聖徳太子の記述末梢推進派の中心的役割を担った大山誠一氏は史料批判を根拠にしていますが、GHQ焚書についてはほとんど触れていないように見えます。

専門外なので独り言としてお受け止めください😂
私は少し「おかしいな」と感じてしまいました。歴史教育の大事な議論をするなら、戦後GHQの影響という文脈もちゃんと調べておくのが自然じゃないかな、とうっすら思ったのが、今のところの抑えでした。また、なにかわかったら、更新していくとは思います。

推薦図書

  • 大山誠一『〈聖徳太子〉の誕生』(吉川弘文館、1999年)
  • 田中英道『聖徳太子虚構説を排す』(PHP研究所、2004年)
  • 坂本太郎『聖徳太子』(吉川弘文館、1979年)

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