久々に、妙に印象に残る夢を見た。
宿泊施設のような、大きな建物の一角に私はいた。
ホテルではない。
一時的に、多くの人が滞在しているような場所だった。
朝食の時間に間に合わず、私は一人遅れて食事をしていた。
食器を片付けようと移動しようとすると、狭い空間で、多くの人たちが武道の練習をしている。
しかも、木刀ではない。
真剣だった。
人がすれ違うほどしかない場所で、皆が刀を振っている。
私は当たらないように、その間を縫って出口へ向かっていた。
すると、そのうちの一人の女性の刀が、私の腕に当たった。
その女性は、そこまで武道に熟練しているようには見えなかった。
「あっ」
と思った瞬間、腕が切れていた。
本当に切れる刀だったのだ。
ただ、そのときは「大したことはない」と思った。
しかし、あとから傷口を見ると、赤黒く変色している。
慌てて消毒しようとすると、そこから虫が出てきた。
ハサミのようなものを持つ、不気味な虫だった。
夢の中で私は、
「ここは湿度の高い土地なんだ」
と思った。
東南アジアのような、フィリピンやマレーシアのような空気だった。
傷を放っておくと、すぐに虫がついてしまう。
「これは大変だ」
そう思ったところで、夢は終わった。
最近、私は妙に疲弊している。
職業柄、人の不調の話を聞くことが多い。
どこが痛い、ここが悪い、調子が出ない。
もちろん、本当に助けを求めている人もいる。
だが最近、少し違和感を覚えることが増えた。
実際に何かを変える覚悟があるというより、
「反応を見ている」
ように感じることがあるのだ。
これは、療法の話だけではない。
人は不安になると、
誰かにそれを渡したくなる。
「このお茶で治るらしい」
「この療法がすごい」
「この先生がいい」
そう言いながら、
実際には不安そのものを誰かに受け止めてもらいたい。
そんな空気を感じることがある。
もちろん、様々な療法があるし、
検査をするのも自由だと思う。
自分で試してみればいい。
私は、自分のやっている世界だけがすべてだとは思っていない。
ただ、最近感じるのは、
“扱いきれていない真剣”
を持つ人が増えたことだ。
知識。
情報。
AI。
健康論。
心理。
スピリチュアル。
本来は慎重に扱うべきものを、
まだ使いこなせないまま、
人は簡単に振り回せる時代になった。
しかも、狭い空間で。
SNSもそうかもしれない。
少し触れただけでも、
小さな傷になる。
そして、その小さな傷を、
人は「大したことない」と放置する。
だが、湿度の高い時代では、
小さな傷ほど悪化する。
夢の虫は、
そんな「小さな侵食」の象徴だったのかもしれない。
大きな敵ではない。
小さな違和感。
小さな疲労。
小さな不安。
小さな消耗。
それらが、
静かに人を蝕んでいく。
最近の世界を見ていると、
「こんな人まで真剣を持つ時代になったのか」
と感じることがある。
今回の夢は、
そんな時代の空気を、
象徴として見せられた気がしている。


