昨日のブログで、断捨離や全捨離の流行について触れましたよね。映画の紹介もかねたシンプルライフを目指す100日チャレンジの魅力に触れつつ、意外な視点も紹介しました。
今日は、ある読者さんからいただいた、断捨離に対する異なる視点の洞察を基に、物を捨てるということについて考えてみたいと思います。
もちろん、断捨離がピッタリ合う人もいると思います。物が多すぎてストレスを感じる場合、思い切って手放すことで心が軽くなるのも事実です。実際、断捨離の立場から言えば、不要な物を減らすことで集中力が高まったり、精神的な自由を得られたりするメリットは大きいですよね。物理的なスペースが広がるだけでなく、心の負担を軽減し、新たなスタートを切るきっかけになる人も多いと思います。
しかし、こうした違う切り口を教えていただき気付かされることもあります。また、「俺には100日チャレンジは無理!」このような率直なお声も聞かれましたのでお伝えいたします。
断捨離の理由を問う
断捨離をする理由って、何でしょう?
部屋をスッキリさせて心を軽くする、不要な物を減らして自由になる……確かに聞こえはいい。でも、ある読者はこう言います。
「まず、断捨離をする理由が僕には分かりません。もちろん、それをする人を否定するつもりはありません。僕にとって、記憶はとても貴重なものです。記憶を失うことは、人が人でなくなると思っていて、例えば記憶喪失や認知症は残酷な病気だと考えています。一枚の写真から蘇るいろんな記憶が、ときに人に幸福感をもたらし、ときに人に悔やみをもたらすかもしれません。でも、それこそが、人が人であることではないでしょうか。なんて、思っているので、あまり断捨離には興味がありません。もっと自然に、もっと自由に生きたい、です。」
私はこの言葉に、強く共感しました。記憶を失う疾患はかなり恐ろしい病気だと思います。
また、物を捨てるという行為は、時には「いい忘れ方」や「責任逃れ」のような側面があるのかもしれないなと考えました。私も年末、シュレッダーで切り刻み、ゴミ袋に積めていくつ出せるかというのを自分に課したりして(😂)、集配センターにも出向きましたが、過去の思い出を封じ込めた物たちを、無理に手放すことで、なにか最初からなかったことにしようという腹黒い自分を垣間見たりしたものです。
自然のなりゆきに身を委ねる
その読者は、断捨離に興味がない理由をこう続けます。
「僕は断捨離には否定的ですが、何事も自然のなりゆきに身を委ねたいと考えていきます。」
そして、提案されたのが「断捨離じゃなくて、整理整頓」。
これ、目から鱗でした! 捨てるのではなく、きちんと整理して大切に保管する。思い出の品を活かしながら、空間を整えるアプローチです。ミニマリズムの極端さではなく、バランスの取れた生き方ですね。断捨離の「断つ・捨てる」という覚悟のこもった言葉は、確かにインパクトがあります。でも、すべてを全否定するわけじゃなく、シンプルに整理整頓でいいのでは? という提案が、柔らかくて実践しやすいと思います。
私たちの日常に取り入れるヒント
- 記憶を大切に:古い写真や手紙を捨てる前に、なぜそれが残っているのかを振り返ってみる。そこに宿る感情が、あなたのアイデンティティを形作っているかも。
- 整理整頓を実践:棚を整え、物を分類するだけでもスッキリ。すべてを捨てなくても、心地よい空間は作れます。
- 自然なペースで:100日チャレンジのような強制的なルールは、自分に合わないなら無理にやらなくていい。自分のリズムで進めるのが一番。
この視点は、私にとって新鮮でしたし、なにかの呪縛から解き放たれたような気さえしました。断捨離ブームの中で、こうした異なる視点の意見が、かえって多様な生き方を教えてくれます。
あなたはどう思いますか? 物を捨てるか、抱きしめるか。結局、答えは自分の中にあるのかもしれません。あなたの場合も整理整頓でいいのでは?!


