何年も前に読んだ菅下清廣氏の本に、こういう話がある。
ニューヨークの場末で株が上がったという話を耳にした瞬間、「これはまずい」と感じた人がいたという。
いま、私は同じ光景を目の当たりにしている。
ある地方都市で、工事現場の作業員が道端に座り、「AIがね」と話していたのは先週だし、
「株が上がったから」〇〇するね、という話は、もう何ヶ月も前から続いている。
ここで起きているのは、「賢い人が気づくかどうか」の問題ではない。
飽和だ。
利益が出ているから話が広がる。
広がりきったとき、そこに気づいた時点で、すでに遅い。
私はこの状態を、「これから何か起きる前兆」とは見ていない。
すでに、次のフェーズに入っている。
ただし、それがわかる人と、わからない人がいる。
わからない人にとっては、まだ同じ熱狂が続いているように見える。
しかし実際には、もう空気は変わっている。
気づいた者は静かに準備を始め、
気づかない者は、まだ夢を見続けている。


