意思決定において、すでに支払われたコストは本来無関係である。
これは経済学の基本原則であり、合理的主体は将来の期待値のみで判断する。
しかし実際には、人は過去の投資に強く影響される。
この現象は サンクコスト効果 と呼ばれる。
1. サンクコスト効果(定義)
サンクコストとは、回収不能な過去の費用(時間・資金・労力)である。
合理的には意思決定から除外されるべきだが、実際には
- 投資額が大きいほど継続確率が上がる
- 失敗を認めるコスト(心理的損失)が増大する
という傾向が確認されている。
2. 認知バイアスとの結合
サンクコスト効果は単独ではなく、以下と結びつく:
- 損失回避(loss aversion):損失は利得より強く知覚される
- 一貫性バイアス:過去の選択と整合的に振る舞おうとする
- 自己正当化:判断の誤りを認めたくない
結果として
継続の理由が「将来の価値」ではなく「過去の正当化」に置き換わる
3. 慣性モデル(物理的アナロジー)
慣性の法則 によれば、
運動状態は外力が加わらない限り維持される。
行動に置き換えると
- 初期選択 → 行動開始
- 投資 → エネルギー投入
- 継続 → 状態の維持
となる。
ここで重要なのは
継続は「理由」ではなく「状態」によって説明されうる
という点である。
4. 自己強化過程(フィードバック)
さらに、行動はしばしば自己強化する。
これは 自己触媒反応 に類似した構造で、
- 投資 → 関与の増加
- 関与 → 追加投資の正当化
- 正当化 → 継続
という正のフィードバックループが形成される。
結果として
投資が投資を呼び、離脱コストが指数的に増加する
5. 判定基準(合理的再評価)
この歪みを除去するための実用的基準は一つである:
現在時点で、同じ選択を新規に行うか
形式的には
- 過去コスト:無視
- 将来期待値:評価
- 代替選択肢:比較
この問いに対して
- 「はい」→ 継続は合理的
- 「いいえ」→ 継続はバイアスの可能性が高い
6. 結論
サンクコスト効果は
- 認知バイアス
- 慣性
- 自己強化過程
の複合現象である。
したがって
継続の理由が将来ではなく過去にある場合、
その行動は意思決定ではなく状態維持に近い。
■ 締めのひとこと
判断を歪めるのは、情報の不足ではなく、
すでに投じたものの存在である。



